「江戸の野菜~消えた三河島菜を求めて」 好評をいただいています


 荒川クリーンエイド・フォーラムでは、書籍『江戸の野菜~消えた三河島菜を求めて』(野村圭佑著)を制作し、2005年9月に発行いたしました。本書は当会代表の野村氏が永年温めてきた課題を著したもので、『江戸の自然誌』の系譜に連なる著作になります。当会としては、絵本「川から地球が見えてくる」に続いて、2冊目の出版です。

 本書には、江戸の人々はどのような野菜を食べていたのか? また、その野菜を生産し、江戸市中へ運ぶために川が果たした役割等が、興味深く綴られています。また、都市と近郊の農村間で行われていたリサイクルにも着目、今日の生活を見直すきっかけを与えてくれます。さらに、今は消えてしまった「江戸名産の三河島菜」について貴重な記録を集成、地方野菜を伝統文化として扱うことの意味を問い直します。

 発刊以来、多くの反響をいただき、以下に記すような書評や紹介を掲載いただいています。インターネット上でも各種ブログ等で採り上げていただきました。読者の皆様を含め、ご関係各位にはこの場を借りて御礼申し上げます。

読売新聞「将軍様も食べた『三河島菜』を追う」(10/19付 都民版)

毎日新聞(10/25付 東京朝刊「余禄」)

朝日新聞(11/27付 朝刊 八坂書房広告)

日経サイエンス(2006年1月号)~ブックレビュー

月刊「ポータル」(2005年11月号)~p.53

農文協 季刊「うかたま」(創刊号:2006年1月号)~p.100(佐々木泉 評)

「江戸の文献から読み解く日本人の食文化と野菜の栄枯盛衰」(松尾義之 評) 他

  • 245ページ(明治の貴重な野菜資料「穀菜弁覧 初篇」を付録として全文掲載)

  • 定価:2,400円(税別)

  • 著:野村圭佑 / 発行:荒川クリーンエイド・フォーラム / 発売:八坂書房(⇒同社紹介ページ

  • ISBN4-89694-861-0

 前述に加え、日本経済新聞 文化欄(11/22付)に掲載された著者本人談があります。ここに転載します。

 私の生まれ育った東京都荒川区には、名産の野菜があった。その名を「三河島菜」という。現在JRの駅に名を残す三河島という地名に基づくものだ。江戸時代から昭和初期までは漬物用の野菜として盛んに作られていたが、いつの間にか消えてしまった。

 この三河島菜。どんな野菜だったかよく分かっていない。私はこの謎の野菜ともいえる三河島菜を中心に、江戸時代に食されていた野菜について調べてきた。

 私がまだ十代だった一九五〇年代後半、明治生まれの祖母は「昔は三河島ではいい菜ができた」と口癖のようにいっていた。昭和の初めには「いい菜漬け」と「いいなづけ」をかけ、「二人は三河島の菜だよ」などと話されていたらしい。子供のころから何となく気になっていた三河島菜を、本格的に調べるようになったのは二十五年ほど前。三河島菜の研究者だった古山清さんとの出会いがきっかけだった。

 古山さんが三河島の農家だったお父さんに聞いたところでは、自分たちが作っている漬け菜は単に「菜っ葉」と呼んでいただけで、神田や日本橋の市場関係者が「三河島菜」とのことだった。そこからうかがえるのは、三河島菜という特定の種類があったのではなく、三河島で作られていたいくつかの漬け菜がそう呼ばれていたのではないかということだ。

 そこで私は江戸から明治にかけての様々な史料に当たってみた。江戸時代最大の植物図鑑といえば岩崎常正著「本草図譜」(一八二八年刊行)。ところが、図書館で調べてみようとしても、あまりの膨大さにどこから手をつけてよいか分からない。その時たまたま古書店で見つけたのが本草図譜の解説書。私にとってはかなり高価だったが、清水の舞台から飛び降りる思いで購入した。

 そのかいあって、本草図譜の中に「江戸三河嶋産」の「菘(すう)」という記述を見つけた。菘は本来中国の菜で現在の唐菜の祖先だが、ここでは塩漬けする菜全般のこと。本草図譜では「形ふゆなに似て」、すなわち小松菜に似ているとしている。このほか、江戸名物を相撲の番付に見立てた「江都自慢」では、西の前頭の一つに「三河島漬な」が登場する。

 明治に入っても、一八七三年に文部省から刊行された伊藤圭介著「日本産物志」に、「三河島ノ名産」の「菘」として登場する。図柄は本草図譜に似ている。

 もっとも、勧農局(現農水省)の三田育種場から出た竹中卓郎著「穀菜弁覧 初篇」(一八八九年)に描かれた「三河島菘」の挿絵は「本草図譜」や「日本産物志」とは異なっており、むしろ白菜に近い。それは東京都農業試験場に残る三河島菜の絵に共通する。

 では三河島菜は、小松菜のような形から白菜のような形に変わったと考えればよいのだろうか。しかし、一九八〇年、東京都北区で代々種苗商を営んでいた鈴木金蔵氏を訪ねたところ、三河島菜は白菜の葉とは全く異なっていたとの話だった。葉の形が芭蕉(ばしょう)のように長かったことから、三河島菜は芭蕉菜とも呼ばれていたという。

 こうしてみると、「本来三河島菜という特定の菜はなく、三河島で生産される漬け菜のいくつかの品種の総称」とした古山氏の説が有力になってくる。アブラナ科の野菜は交雑して変化しやすいため、三河島菜は江戸時代以来いくつかのタイプがあったのだろう。

 三河島菜の名産地だった荒川区は関東大震災後の都市化で農地が急減。さらに明治期に導入された白菜が漬け菜として主流になった結果、三河島菜は次第に作られなくなっていく。軟らかい三河島菜を作るには短期間に大量の窒素分を与える必要があったというから、こうした伝統的な栽培法が伝承されなかったことも、白菜に負けた原因ではないかと思う。

 三河島菜のほかで興味深かったのはカボチャ。「本草図譜」をみると「なんきんほうふら とうなす江戸 番南瓜」として、ひょうたんの形をしたカボチャが登場する。ほかに西洋カボチャに似た「きくざのとうなす」もあるが、江戸では現在京都・鹿ケ谷産として知られる西京カボチャのようなひょうたん形が主流だったようだ。

 「江都自慢」と同じ見立番付「浮世人情合」を見ると、「けんやく」の下にひょうたん形のカボチャの絵、さらにその下に「を買い込む人」とある。カボチャなど長く保存できる野菜を安くたくさん買うことは、江戸っ子にとってはしみったれているように映ったのだろうか。

 こうした調査結果をまとめた「江戸の野菜」(八坂書房)という本をこのほど刊行した。それが議論のきっかけになり、それぞれの伝統野菜の見直しにつながればうれしい。(野村圭佑 のむら・けいすけ=荒川クリーンエイド・フォーラム代表理事)

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