荒川無関係-私がみた東ティモール調べる・知る・学ぶ

皆さんこんにちは むーいまです。
荒川全然関係ないですが、 皆さん東ティモール民主共和国(República Democrática de Timor-Leste)という国をご存知でしょうか?
よくどんな国際協力活動をされていたのですか?と質問をいただくので少し紹介しようと思います。



当時所属していた地域国際活動研究センター(CDIC)がJICAと協働した草の根技術協力パートナー型の事業にて
マウメタ村緑のコミュニティ新生プロジェクト(PDF終了報告)」というタイトルで現地NGOと植林を通じたコミュニティビルディングに従事しました。
私が現地に赴任したのは2012年。東ティモールが独立して10年の年。
聖心侍女修道会のMadore Monicaには東ティモールの基礎知識を教えていただいたり、各地の教会を巡ったりと特別に良くしていただきました。

現地入りの準備


DoCoMoショップのお姉さんに
「東ティモールはローミング可能ですか?」
と聞くと
「え?それは国ですか?」
と聞かれるほどの知名度でした(^_^;)

また、東ティモールの紙幣通貨は米ドル。
$1札を数百枚と大量に持っていくので荷物検査の際は毎回怪しまれました。

現地活動


現地NGO(カウンターパート:c/p)と植林を通じた水源林の保全を軸に
インドネシアに統治された際に崩壊してしまったコミュニティを再生させる取り組みをしていました。

Liquica県Maumeta村の治安はそれほど悪くはなかったですが
首都Diliの滞在ホテルの前で発泡&デモもあり、2週間ほど缶詰になったり、
感染症で人生でこれでもかと吐血して死にかけたりと色々ありました。
衛生環境と病院がちゃんとしているって大切ですね(^_^;)
ようやくアポがとれた東ティモールの環境大臣にあいさつに行った際は、
c/pのリーダーが奥さんと山登り(遊び)に行って来ないなど、東ティモールあるあるも今は懐かしいです。

日々の生活


・毎日1回は停電
・基本の物価が$1
・赤道に近い東ティモールでは年中日の入りの時間があまり変わらない
・現地で食べてた魚は基本アオブダイ

帰国


現地の牛乳が怖いので粉ミルクを使っていました。 日本に持って帰ったら、名古屋空港で麻薬探知犬が反応してしまい、
「この白い粉はなんですか?」
「東ティモールは何度も行っているようですね、、、何をされているんです?」
と連行されそうになりました。
「粉ミルク、、、ですね。JICAの仕事で行ってました」
と答えるとJICAの名前はすごいですね、、、
「あ!JICAさんの仕事でしたか。失礼しました」
と、さっと通してもらえました(^_^;)